ブラック企業に勤めていた私の体験談・エピソード

ブラック企業にまつわる体験談やエピソードは、
WEB上に山ほど寄せられています。
いずれも「聞くも涙語るも涙の物語」ばかりです。

そんなブラック企業を「何社も渡り歩いた」自分の、
ちょっと変わったエピソードのある体験談を紹介します。

気に入らないという理由だけで解雇された自分

自分が最初にブラック企業に遭遇したのは、なんと30代半ばのころです。
ある出版社の編集長代行として中途採用され、自信満々で毎日仕事をしていました。

ところが、そのうちおかしなことに気づいたのです。
スタッフが8人もいるのに、毎月の仕事の半分程度が自分の担当。
これが2年ほど続きました。

あまりのひどさに同僚に相談したところこれが大失敗。
なぜならそ奴は社内でも有名な「チクリ魔」だったからです。

ある日、直属の上司に呼び出されて「解雇」を告げられました。
理由は「会社の仕事に全力でぶつかっていかないから」という理不尽なもの。

ようするに自分は使い捨てだったんですね。
同僚の「密告」をいい口実にして、気に入らない人間を追い出したかったわけです。

人員減で仕事量が1.66倍になったことも

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次のエピソードは自称コンサルティング会社での体験談です。

そこでは朝からやれ研修だ・打合せだと、ほとんど業務に関係ない拘束タイム。
さらには仕事と直接関係ないレポートの提出まで求められるなど、
勤務時間中にまともに仕事ができないことがあたりまえ。
ほぼ毎日、終業時間から本来の仕事が始まるような環境でした。
もちろん毎日終電です。

それは仕方ないとして、さらに自分に追い打ちをかけたのは、
「チームで5人いたスタッフが3人に減らされてしまった」こと。
理由は「別チームのリーダーが使えないので、そちらに回すから」というものです。

毎月、作業の絶対量が決まっている仕事なので仕事量は純粋に1.66倍に増加。
数カ月後にはさすがにオーバーヒートして、「親の介護を理由」に退職しました。

いま振り返るとよく生きていたもんだと思います。

ブラック企業は用済みになれば会社から追い出す

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そんなブラック企業を生き抜いてきた自分が最後に騙されたのは、
ある環境資材の製造販売会社。

そこでは新型のごみ処理機の開発にあたって、
中国にある生産工場との調整や製品のマニュアルづくり、
輸入のための通関手続き申請はもちろんのこと、
物流倉庫の確保や原価計算。

さらにはホームページやパンフレットの作成、
外部へロゴデザインの制作依頼。
マーケティングはもちろんのこと販社候補のリストアップまで、
全部一人でやらされていました。

そしてついに限界を超える日が来ました。
先行量産品が荷着した日、自分は会社で倒れてしまったのです。

ブラック企業の例によって偽装請負ですから、
保険は国民健康保険。当然労災などにも入っていません。

退院してようやく出勤できるようになったと思ったら、
今度は「療養しなさい」と体よく追い出されてしまいました。

あとから噂で聞いたところ、そこの社長は虚言癖のひどい人として有名で、
いたるところでトラブルを起こしている人物だったというエピソードがあります。

いまにして思えば、ブラック企業だとわかっていても、
収入が途絶えるのが怖いから、最終的に追い込まれるまでしがみついていたような気がします。

もっと早く仕事を辞めるには、会社以外の場所で収入源を確保するのが一番
ということに気づけばよかったと、今更ながら後悔しています。

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